福岡高等裁判所 昭和26年(う)1910号・昭26年(う)1911号 判決
記録を調査すると、昭和二十六年六月二十九日附起訴状(以下第一起訴状と称す)記載の公訴事実第三及び同年七月十一日附起訴状(以下第二起訴状と称す)記載の公訴事実第二の各要旨並びにその各罰条が論旨摘録のとおりで、原審が検察官の請求により、右両公訴事実を併合審理していることは所論のとおりである。そして右第一起訴状記載の公訴事実第三と第二起訴状記載の公訴事実第二を仔細に検討すると、第一起訴状記載の公訴事実第三は、被告人は連合国最高司令官の許可を受けないで機帆船春洋丸に琉球人たる上原松一、宮城亀吉を乗船させて、昭和二十六年五月十六日午前一、二時頃唐津市道水堤を出帆して、同月二十一日南西諸島徳の島に到着し以て右両名を密出国させて占領目的有害行為を為したというのであり、又第二起訴状記載の公訴事実第二は、被告人は昭和二十五年三月頃密貿易の罪により検挙せられ佐賀地方裁判所の公判に係属中の前掲上原松一、宮城亀吉の両名が本邦外に逃避する目的あることを知り乍ら、これを隠避する目的で前掲機帆船春洋丸に乗込ましめて同年五月十六日午前一、二時頃同所を出帆して同月二十一日頃前掲徳の島に到着上陸せしめてこれを隠避せしめたというのであるから、右両公訴事実は原判決が判示第二事実として認定したとおり正しく一個の行為にして数個の罪名にふれる場合にあたる。いわゆる想像的競合犯であることが明らかである。そこでいわゆる想像的競合犯中の一個の罪名にふれる事実につき公訴の提起があつた後、他の罪名にふれる事実につき、その前者と併合罪の関係があるものとして更に公訴の提起があつた場合、裁判所は刑事訴訟法第三百三十八条第三号により後訴につき公訴棄却の判決をなすべきか、否かにつき考えると、そもそも刑法第五十四条において、数個の罪名にふれる一個の行為について、数個の罪名を一括して最も重い刑を以て処断すべきものとしているのは、これを科刑上の一罪と認め原則として実質上の一罪に準じて処分すべきものとする精神であり、しかもこの科刑上の一罪はその実質において数個の罪名を包含し、その各罪名は他の罪名に吸収されることなく互に併存するものであるから、これを実質上の一罪として取扱うべきものとすることができないのみならず、公訴の提起については、公訴事実が包括一罪であるか、或は併合罪であるかは検察官の認定にかかるところであるから、検察官がいわゆる想像的競合犯につき、一個の罪名にふれる事実につき公訴の提起をした後更に他の罪名にふれる事実につき、その前者と併合罪の関係があるものとして公訴の提起をした場合、その後訴はその公訴提起の際の実体形成の段階としてはもとより適法な手続というべく、従つて裁判所は該後訴につき刑事訴訟法第三百三十八条第三号により公訴棄却の判決をすることはできない。尤も右後訴の公訴事実については訴因及び罰条追加の手続によるべきものであるから後訴については公訴を棄却すべきものとする異論がないではないが、しかし、裁判所はかゝる場合検察官から訴因及び罰条の追加の請求がない限りその後者の事実を認定することはもとより許されないのみならず、たとえ裁判所において、その前訴の公訴事実と、後訴の公訴事実とが同一性があるものとして検察官に対しその後訴を取消し、その後訴の公訴事実を訴因として追加しその罰条を示すべき旨命じても、検察官において右両者の公訴事実には同一性がなく併合罪の関係があるものと主張して譲らない場合、裁判所はその後訴の公訴事実につき審判を拒否し得べき依拠のないことに想到するときは前記論難の容れられないことを了解することができるであろう。更に前記説示のごとく解するときは、いわゆる一事不再理の原則に牴触するがごとき観がないではないが、しかし一事不再理は公訴事実の同一性の範囲内の事実の全部につき判決の既判力が及ぶものとする結果によるものであるから前示解釈とは何等矛盾するものということはできない。さすれば原判決が本件第二起訴状記載の公訴事実につき審判したのはまことに相当というべく、原判決には所論のように憲法第三十九条乃至は刑事訴訟法第三百三十八条第三号違反のかどがあるものということはできない。論旨は理由はない。